9.12.2012

バイリンガリズム5~親の役割(ソフト編)1~

バイリンガリズムシリーズ。

私のようにアメリカで育った日本人の場合、「母国語=日本語」の社会的地位は最終的なバイリンガル到達度に大きな影響を及ぼします。

例えば日本国内でアメリカ人の子供を育てる場合、全世界における英語の社会的地位や将来的な利便性が高いため、きっと日本の公立小学校に通わせたとしてもそれほど英語力保持に苦労しないのでは。逆に、アメリカで日本人の子供を育てる場合、英語のほうが便利だし面倒くさい漢字テストもないし、どうしても日本語離れが生じやすくなります。

実際に外国で子供たちをバイリンガルに育てる際に親は何に注意したらよいのか。今回は私の経験より、ソフト編。

1970年代のアメリカ。日本の高度経済成長期後とはいえ、日本の文化が真の意味で世界に広がるのはもっと後のことです。Progressiveなアメリカ人は違ったかもしれませんが、ちまたのアメリカ人(子供)にお寿司は'raw fish'と気持ち悪がられ、日本のアニメやマンガはまだまだ浸透しておらず、国籍を聞かれるときはまず'Are you Chinese?'と聞かれる世界。戦争の色こそは残っていないものの、日本の知名度や日本の国としての社会的地位がまだまだ低かったという印象です。テレビで日本語放送はほとんどなく、おばあちゃんにビデオテープ(VHSではなく、なんとベータ。誰か覚えています?)に「日本昔話」と「サザエさん」を録画したものをまとめてダンボールで送ってもらっていました。

こんな日本が遠い環境の中、特に子供にとってはむろん英語がmajor language、日本語がminor languageになりがちです。

そんな中、日本語教育をプッシュしようとする駐在員親!子供たちが日々英語で生活する中、家では日本語をしゃべろうと親は努力しますが、なかなかうまくいきません。

親の考えていること:
  1. 将来日本に帰ったときに学校でいじめられないようにしっかりと日本語教育をしなければ
  2. でもせっかくアメリカにいるのだから英語もしっかりと勉強させなければ

子供の考えていること:
  1. なぜ自分だけ現地校+補習校の2つの学校に通わなければならないのか
  2. 土曜日はサッカーや野球の試合がある日なのに、自分だけ補習校に行かないといけないから参加できない
  3. アメリカ人の子供たちは放課後遊び呆けているのに、自分だけ日本語のドリルや宿題がやたらと多い
  4. アメリカ人の子供たちは約3カ月の夏休みがあるのに、自分だけその中の1カ月は日本で小学校に体験入学しなければならないのはなぜか

ちなみに、私個人的には子供のとき一瞬だけ#2は脳裏をかすめましたが、その他はあまり考えませんでした。もともと物事を深く考えない性格も手伝ってか、あまり疑問に思わずに親に差し出されたドリルをこなし、夏休みに入ったら喜んで日本の小学校へ体験入学していました。

それはいったいなぜか。今日紹介する理由は2つ。

1.アイデンテティはずっとなんとなく日本人だった。
「なんとなく」というのがミソで、パーセンテージでいうと今も昔も55%日本人、45%アメリカ人だと思います。10%の違いはまず自分にかっこいいアメリカ人名(AshleyとかBarbaraとか?)がないこと、および自分にアメリカ国籍がないことが関与しています。この10%がすごく大きな意味を占めていて、これがあるからこそ現在私はこのブログを英語ではなく日本語で書いているのだと思っています。

もし両親が「現地校に馴染むために」なんだかかっこいいクリスチャンネームをつけていたら子供の私はもっとアメリカ寄りになっていたかもしれません(別にアメリカ寄りが悪いわけではないけれども、バイリンガルに育つ上では障害が増える)。さらに、我が家は永住権までは取得したものの、アメリカ生まれの妹以外は日本人のままです。これを両親が「将来アメリカで仕事をするときに有利だから」などという理由で日本人パスポートからアメリカ人パスポートに切り替えていたら私を取り巻く現在の環境は大きく変わっていたと思います(ちなみに、ちょっとズルですが、日本のパスポートを放棄せずにアメリカのパスポートも同時に取得できるそうです)。

今ふと思い出したのですが、小さい頃和歌山で祖父母の家に夏休み期間中滞在しているときに私が「自分はアメリカの子」と言ったら、おばあちゃんが「ちゃうで~、あっこちゃんは和歌山の子やで~」と言ったのを思い出しました。こういうふとした一言もなんとなく私のアイデンテティ構築に関与したのかもしれません。

次回に続く。

1 件のコメント:

  1. そうやってさぼろうとしていたの?!そんな術を知りませんでしたわ。

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