9.10.2012

バイリンガリズム3~二重学校生活~

私が1歳そこそこのときにアメリカに移住した我が家。通常の日本人駐在員は3-7年で日本に帰国するのですが、我が家は途中で永住権を取得し早々から永住体制。私は当然の如く地元の幼稚園や小学校、中学校、高校に通っていました。最初に英語に触れたのは2歳台、地元のプレスクールに通い始めたときでした。母と初めて離れることになった私は2週間ぶっ通しで号泣していたようです。

サンディエゴには土曜日のみ通う日本人用補習授業校「みなと学園」はあるのですが、全日制の日本人学校はありません。つまり、パリやシンガポールやジャカルタには日本と同じ義務教育を受けられる学校(月曜日から金曜日、あるいは土曜日まで毎日通う)がありますが、ロサンゼルスやサンディエゴには補習授業校しかありません。したがってサンディエゴの日本人駐在員は子供を「現地校」に通わせながら土曜日はみなと学園に通わせていました。

このように、私はごく普通にサンディエゴの地元公立学校に通いながら、土曜日はみなと学園に通うという二重生活を高校卒業直前まで送りました。月曜日から金曜日までは英語生活(家では日本語)、土曜日は日本語生活、日曜日はオフ(笑)。

そして最終的にはいろいろな理由があって日本の大学に通い、現在は家なき子のように様々な国を転々としている状態です。

小さい頃は英語や日本語の宿題をする他に、教育者の母が日本で購入してきた国語のドリルを日々こなしていたようです。また、小学校のときは現地校が夏休みに入ると即単独日本に飛び1ヶ月間だけ母の実家がある和歌山県桃山町(現在は紀の川市)の公立小学校に体験入学をさせてもらいました。高校卒業と同時にアメリカの大学へは進まず、日本の大学を受験することを自分で決めました。

このように、小さい頃からアメリカに住んでいつつ、かなり日本語や日本の文化に触れさせようという母の努力がありました。

次回バイリンガルに育つこととは、実体験も含めて。まずは小学校偏。



9.08.2012

バイリンガリズム2~サンディエゴへ移住~

バイリンガリズムシリーズ。

私は願っても言語学の専門家でも何でもありませんが、「帰国子女」という言葉が流行するずっと前、乳児のときにアメリカに渡り幼少時代から高校卒業までカリフォルニア州サンディエゴ市で育ったため、自分はある程度のバイリンガル度を備えていると考えています。

個人的にちょっと面白い当時の写真を見つけたのでスキャンしてみます。これは父が赴任のため一足早くサンディエゴへ出発していくときの様子です(抱っこされている赤ちゃんが私)。昔は成田空港なんてなかったので、国内線国際線すべて羽田空港から出発していたわけですが、すでに出国手続きをした旅行者に写真の如く「最後に一言」しゃべれたみたいです。刑務所の面会室に似ていると思うのは私だけでしょうか。母は父に「着いたら電報を送ってね」と言っているのでしょう(そんなに古くないか)。
当時のサンディエゴは現在のように美味しいレストランやお洒落な店もなく、米海軍基地Camp Pendletonに隣接しているサーファー天国といったイメージだったと推測できます。母は初めて私を抱っこしてサンディエゴに到着したとき、「とんでもない田舎に来てしまった....」と絶句したそうです。今も昔も気候はさわやかで雨も少なく過ごしやすい場所です。大都市ロサンゼルスから運転して2時間。海沿いにある港町で、ロスのサテライト的な存在という意味で「アメリカの横浜」といってもよいかもしれません。

今日はあまりバイリンガル関係の話はしていません(ただの昔話だわ)。

次回からは私の学校生活について。



9.07.2012

バイリンガリズム1~イントロ~

バイリンガルシリーズ。イントロ編。

最近よく聞かれる質問:
「うちの子をバイリンガルに育てたいけど、どうしたらよいか」
これは大変興味深い、奥の深い質問です。私は専門家でも何でもありませんが、あまりにもよく質問されるので何度かに分けて自分の考えをつづってみたいと思います(お分かりのように最近「シリーズ化」にはまっています(笑))。
過去のブログでバイリンガリズムや自分の中での葛藤について何度かつづってみました。

母国語の大切さ

バイリンガリズム

日本代表

真のバイリンガルとは

いろいろと蛇行をするかもしれませんが、自分の経験を交えながら現段階で自分の考えていることを述べて参ります。子供たちに対して実践していることを紹介します。

私が過去に読んだ本の中で、バイリンガル教育について適切かつ公平に書かれているものとして中島和子氏の「バイリンガル教育の方法」というものを挙げたいと思います。著者は言語学の研究者でありながら母親として息子をカナダで育てた経験を持ち、様々な文献を引用しながら経験に基づいて分かりやすくバイリンガル教育について解き明かしています。ちゃんと勉強したい方はどうぞご参考に。

ちゃんと勉強したくないケド、なんとなくバイリンガルとはどんなものなのか知りたい人はこれから数日間に渡って続きを読んでください(笑)。

いろいろな友人がこのブログを読んでくれていると思いますが、今後みなさんのご意見楽しみにしています。

9.03.2012

小学生に政治を任せると

シンガポールの全国紙Straits Timesを愛読しています。文字が大きく、写真や広告も多く、そして何よりも米紙や英紙ほど難しい英単語を使用していないので読みやすい。シンガポールの新聞やニュースは場所柄東南アジア諸国やオセアニアの問題も多く取り上げていて前よりも多少は詳しくなったような気がします。

さて少し前から日本VS韓国で繰り広げられている「竹島問題」。現実の世界では両国ともなんだか煮え切らないので、ある週末の朝我が家の朝食の話題に挙げてみました(別にそんなことを毎日しているわけではなく、たまたま面白そうだったので一度きりですが政治問題を語ってみただけです)。

私:韓国っていう日本のお隣の国と日本の間に竹島っていう島があって、韓国では「ドクト」って呼んでいるんだよ。
長男:ふ~ん。
私:それでね、日本と韓国でその島がどっちのものかってエライおじさんたちがケンカしているんだよ。
次男:え~大人がケンカするの?
私:どっちの国もその島が欲しくてたまらないみたい。
長男:え~そんなの簡単じゃん。シェアすればいいじゃん。
私:そうだよね~、でもどこで島を分けるの?
長男:簡単だよ。どっちかが島を上手に分けて、どっちかが最初選べる人になればいいじゃん。

小学3年生に任せると竹島問題は弟とケーキを分けるのと同じくらい簡単に解けてしまう問題らしい。めでたしめでたし。

9.02.2012

メイドさん(完結)

「家政婦は逃げた」けどまた雇いましたシリーズ完結編。

もう二度と同じような経験をしたくない私は前回の反省を活かして今回はどのような工夫をしているのでしょうか。

1.パスポート
周囲のシンガポール人友人や同僚全員から「なんで本人にパスポートを渡してあったの!」と前回は怒られましたが、やはり人権的な信念から私自身は他人のパスポートを剥奪できないと思いました。なので、今回はパスポートを仲介業者が預かるように手配しました。

2.月休5日から週休1日にダウングレード
私の仕事のスケジュールが不定期だったために、前回の方には多めに休みを与えていましたが、今回は反省して平均的な休暇日数を与えることにしました。というわけで、現在は週休1日、祝日が平日なら通常通り働いてもらう。私の中では多めに休みを与えると我が家に居ついてくれるかと考えていたのですが、そんな甘い考えは払拭。

3.日曜日の休みは周囲のご家庭同様朝から門限時間まで
外泊なし。厳しく門限設定。午後9時に設定したらたいてい午後8時台に戻ってきてその日の夕食の片付けをしてくれます。

4.食費を一括で渡さず、買い物に行く度に$50-100預ける
これは説明も不要ですが、メイドさんの月給よりも高い食費代を一括で渡すのはやめました。

5.毎日挨拶して様子をうかがう
以前も毎朝挨拶はしていましたが、これからは朝から必ず一言二言交わし、当日のアクティビティについて口頭で再確認します。

6.ホワイトボードに重要事項列挙
以前の方には本人任せで家事や買い物をしてもらっていましたが、これからは私も日々の細かい指示を出すようにしました。その他、子供たちの学校や習い事の送迎に関する指示を書き出し、間違いのないように工夫しています。

7.週間メニュー
以前はメイドさんご本人に当日の夕食メニューを考えてもらっていました。しかし、これからは私自身が週初めに1週間の夕食メニューを細かく書き出すことにしました。実際このほうがバラエティ豊富で栄養バランスのとれた食事がとれることが判明しました。実際現在の方にしばらくメニューを自分で考えてもらっていたのですが、発案が苦手なようでした。逆に、上の写真のように書き出すと、私の思い通りのものが出来上がることが分かりました。

8.お料理教室
栗原はるみさんの料理本で、英語で書かれた和食レシピ集が4冊シリーズで出ています。これは我が家のメイドさんのバイブルです。しかし、こればかりでは種類が限られて飽きてしまう可能性があるので、メイドさん用のお料理教室に通ってもらうことにしました。
http://www.expat-kitchen.com/
このように日常の仕事以外のところに行かせてあげると、彼女の気分転換にもなるし、同時にこちらが彼女の技術に投資している印象を与えることができ、今後も期待されていることが伝わるのではないかと。実際通うようになってから西洋料理の幅が広がり、現在では和食、西洋、中華など上手に作ることができるようになりました。現在までにBasicとIntermediateコースを修了したので、今後は11月頃にBakingコースに申し込む予定です。

9.日本語教室
Grouponで安い日本語教室を見つけました。今回のメイドさんは日本語を一言も理解せずしゃべれず(それが普通です)。しかし我が家では主に日本語でしゃべるので、少しでも単語を拾えれば彼女も楽しいのではないかと思い、来週の水曜日から計8回日本語教室に通わせることになりました。


現在のメイドさんはお友達をあまり作らず、黙々と仕事をするのが好きなようで、こちらとしても子供たちの世話をしている間に隠れて携帯で電話していることもなさそうなので安心できます。前回の方は友人豊富で彼氏ともアツアツだったので、それに加えて私が自由にさせ過ぎたのでしょうか。

またメイドさん関連のネタが出てきてしまったらシリーズを再開したいと思いますが、とりあえずは今回これでおしまい。

めでたしめでたし。

9.01.2012

メイドさん(その11)

メイドさんシリーズ、そろそろ完結編が近いか。

「急がばまわれ」メイド採用。今回こそは失敗しないメイドさん探しを目指し、エージェンシーを通して何人かのメイドさんの履歴書を送ってもらいました。1-2年で雇用主をぽんぽん代えている人はボツ、以前の雇用主と連絡がとれない人もボツ、しゃべってみて生意気な人もボツ、若くて女盛りっぽいのもボツ。

そしてやっと見つかり、現在も雇っているメイドさんの紹介をします。

彼女は現在40歳代後半、フィリピン人。一般にメイドさんは年齢が40歳代に入るとバリューが下がると言われているので、年齢だけ見ると「売れ残りそうな」高齢です。過去8年間同じご家庭でずっと働いてきました。そのご家庭はお父さんが日本人、お母さんが中華系マレーシア人、男の子3人。子供さんたちが高校や大学のために日本へ帰国するに当たり、メイドさんが必要なくなったので今回8年ぶりの職探しということでした。

本人に会う前に雇用主Sharonに電話で何度かお話しました。評価は上々、ただし言われなければやらない(フィリピン人メイドさんではよくあることですが、機転が利かないので指示は丁寧に何度も繰り返さなければならないことが多い)。家事一般はできる。何よりも私が嬉しかったのは、Sharonが「我が家で長いこと働いていたので、次のご家庭がよいご家庭かどうか私自身気になる」と言っていたことでした。

さて、本人にももちろん会いました。英語力まあまあ、容姿まあまあ。しかし人が良さそうでやる気もある。残念ながらシンガポールの法律で料理を試しに作ってもらうことはできませんでしたが、ここはSharonの言葉を信じるほかありません。何よりも一つの家庭で8年間働くというのはかなりプラスでした。

即採用したかったのですが、Sharon邸での雇用期間がまだ残っていて、本人も引越しの手伝いを最後までやり遂げたいとのことだったので、我が家はひとまず我慢。

出会ってから実に3週間ほど待ってやっと我が家に来てくれました。

シリーズまだ続く。

8.31.2012

長男VS次男

みなさんの中には子供二人いらっしゃるご家庭が多いと思います。

我が家ではたったの2歳差なのに母(私)の態度が二人に対してまったく違います(自慢するようなことではない)。

長男は比較的厳しく「とことんたたきこめ」教育、次男は比較的甘く「なるようになれ」教育。結果的にこうなるご家庭が多いということですが、私は彼らが生まれた瞬間からこうやって育ててみようと考えていました。いわば人体実験です。

疑問その1
厳しく育てたらどんな人間ができ上がるのだろうか?(あれやれこれやれと言われ続けた人間は最終的にはどうなるのだろうか?)

疑問その2
甘く育てたらどんな人間ができ上がるのだろうか?(人間は自発的にものができるようになるのだろうか?)

このような疑問の答えを出すには格好のモルモットが長男と次男です。

ところがこの育て方に問題があることが最近判明。実は次男は「半」年男にしてまだ夜間はオムツで寝ているのです。

フランス時代、オムツから溢れるようなおもらしをしていた次男。私はその後彼に対してまったく「おねしょトレーニング」をしていませんでした。これが私流、「なるようになれ」教育でした。

そして月日が流れるのは速いもので、後3カ月で「ラッキー○」歳になる彼。最近は本人が焦り始めました。寝る前には膀胱はもちろんのこと、腎臓や尿管から尿がすべて出切るまでトイレに向かっています(ずっと立っている)。毎晩熱帯夜のようなシンガポールでも眠前の麦茶を自ら我慢。更には毎晩一度だけ起こしてトイレに行かせてくれと私に頼む。

ちなみに、長男は厳しく2歳過ぎで昼間はオムツにし、3歳台でパンツで夜間過ごせるようになりました。子供のトイレトレーニングをした方なら誰でも分かるでしょうが、これには大量の洗濯物と厳しいしつけが必要です。

さて「ラッキー○」歳になるまでにおねしょをしない子供になるのでしょうか?

「なるようになれ」教育はやはり劣勢か?